82 職住隣接物語の結びとして


最後の記事となりました。人生後半戦になると「夢」の意味が変わってきます。「いつか実現できたらいいな」という夢ではなく、自分の心の中の「夢」を引き出すようになってきます。

私には夢がある(この見出しは固定)
「私には夢がある(I have a dream)」は、マーティン・ルーサー・キング氏の有名な演説の一節である。この演説の「I have a dream」の部分がことさら有名であるが、他にもいくつかのキーワードがある。
先にお断りしておくが、この演説の内容自体が「職住隣接物語」に直接関係があるわけでもないし、当時の社会情勢、キング氏がキリスト教の牧師であることを抜きにしてお話ししたいと思う。
「私には夢がある」の直後に、「夢>希望>信念」という言葉が重ねるようにして出てくる。これらの言葉の積み重ねを知ったのは、10代で入院していた時だった。まさに、夢も希望もなくなっていたころだ。
「夢も希望もない」という不安を口にする人は今でもいる。切羽詰まったことではなくても、不安が募るとついつい漏れてしまうのかもしれない。ただ、夢や希望を持つには「信念」がなければならないことを忘れているではないだろうか。
「信念」と言っても大袈裟なことではない。自分が自分らしくあるための「なにか」である。この「なにか」までを失うときまでは、夢も希望も持つことができる。
人生後半戦になって、ああしたい、こうしたい、あれが不安、これが不安と口にするよりも、自分の人生の底流となる信念について考えることが少ないのではないだろうか。
「なにか」
私にとっての「職住隣接物語」とは、他の人や組織に合わせるのではなく、自分の体調に合わせて時間を使いたいという「希望」から始まった。「夢」はあったが、夢と希望はつながっていなかった。
今になって考えれば夢ではなく、願望であり、単なる欲望だったのだろう。それでも社会生活を行う上で、自分が成長するのがわかり、「信念」らしきものも芽生えてきた。信念というよりは譲れない「なにか」だった。
人生後半戦に入り、両親の介護を通して「生きる」の意味を考え直し、「夢」が見えてきた。それは今までの記事内でたびたび述べてきた「頑張らない、我慢しない、無理しない」という人生観だった。
すべて自分の限界を意識し、限界を超えないようにすることで、自分にとって安らぎがもてることがわかった。「頑張らない」は肉体的限界、「我慢しない」は精神的な限界、「無理しない」は心理的な限界である。
自分の限界を知ることは、自分を甘やかすことではなく、自分を受け入れることである。私はこれらの限界を超えないために、私は限界点を必要以上に上げていた。このことに気づいたことで、また夢に一歩近づいた。
「夢」はキング氏のように社会的な貢献を目指すことばかりではない。まず、自分の夢を語れるようにならなければならない。夢から始めなくても、希望や譲れない「なにか」でもいい。
「点と点がつながる」とはスティーブ・ジョブズのスピーチで知られるようになった。何も3つの点を最初から持つ必要はない。まずは、点となる「なにか」を見つけることが大事である。
信 念
私の人生後半戦の転機はもう1つ、心筋梗塞で「死」を意識したことがある。生死の境から目覚めた時には、ICUでたくさんの管が繋がれていた。
その後の担当医師からの説明、心臓リハビリでの説明を聞くたびに、冷たい風が背中を通る感じがしていた。そこから、本当に大切なこと、大事なこと、重要なことをリストアップした。
「死ぬまでにやりたいこと」というバケットリストではなく、「死ぬ間際まで思い続けたいこと」である。これが私にとっての「信念」になっている。
すべての始まりは、「自分を受け入れたこと」からだった。人生後半戦も、ベターライフも、職住隣接も自分を受け入れることで、ブログにしてみようと思えた。
他の人の評価ではなく、自分の人生は自分が評価するしかない。「良い人生だった」と言いたいわけではない。自分はよく頑張ったと自分を褒める気もない。おそらく、死に際に人生について聞かれたら、きっとこう答えるだろう。
「そうだな、次の人生ではもっとうまくやれる気がする」と。




