物との関係を見直す~人生後半戦の整理と選択の力

23.物との関係を見直す~人生後半戦の整理と選択の力
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人生後半戦における物との関係を見直し、有形物と無形物の整理を通じて新しいライフスタイルを考えてみませんか。

    生活スペースにある物

    人生後半戦になると物が多くなる。誰もがそう思っていると言っても過言ではないだろう。新しい物が出ると、収入に応じて欲しくなるのは自然なことだ。

    年を重ねるにつれて物が増えるのは、今でも当たり前という考えなのかもしれない。物が増えれば、物を少なくする考え方や具体的な方法が世の中に出回る。商業的にはよくあるパターンである。

    ところが、物を減らすという考え方は、一時的なブームではなく、多くの人に支持され続けている。たとえ、その考え方や方法で実現できても、できなくてもである。

    物は購入して終わりではなく、使ってこそ、その存在意義が発揮できる。そして、時折クリーニングやメンテナンスも行わなければならない。

    物でも人でも物理的な存在は、単にそこに存在するだけでなく、常に気を配らなければならない。つまり、場所も時間も手間もかけなければ関係は希薄になっていく。

    物に必要なスペースと時間と手間

    生活スペースには限りがあるので、物を置くには限界がある。物が所狭しと置かれている場合は、本来のスペースを圧迫していることがある。生活スペースの壁が見えないほど物が置かれている場合もある。

    日本の家屋にはよく押し入れがあり、上下二段に分かれて普段使わないものや夜用の寝具を収納するのが一般的だ。現在でもそのように使っている人も多いだろう。

    最近のライフスタイルでは、ベッドを利用する場合も多く、また、服をたたんで収納するよりも、吊るし掛けをするようになったので、押し入れは使い勝手が悪くなっている。

    また、住宅には、収納用のウォークインクローゼット、食料品を保管するパントリー、そして納戸(ストレージ)スペースが備わっていることが多い。ただし、生活導線を考えた配置になっているかというとそうとも限らない。

    生活スペースは人の動線に配慮されているが、物の収納動線までは十分に考慮されていない。これは靴を脱いで生活する文化が、まだ色濃く残っているせいなのかもしれない。

    生活スペースを物から取り戻す

    私が生活スペースの物の存在にこだわり始めたのは、両親の自宅介護の経験からだった。介護が始まると介護用のベッドを使うことになる。そしてベッドの左右に介護者用の介護スペースが必要になる。

    そして介護用品はベッドの周辺に配置したほうが介護が行いやすいので、介護用品置き場をベッドの近くに設けることになる。さらに、両親の日用品もそれぞれのベッドの近くに置くことになる。

    これだけでも、ベッドを中心に介護を伴う生活を送るには、健常な人が寝るスペース以上に広いスペースが必要になることは容易に想像できると思う。ただ、両親も私も、介護が始まってからこのことに気づいたのだった。

    介護が始まる前は、収納棚や衣装箪笥、ソファーやテレビ、テーブル、生活用品などが置いてあった。この時点で、生活スペースの壁の半分は見えなかった。

    介護が始まり、介護スペースを創るために、家具などをすべて部屋から出し、介護用ベッドを中心に置いて家具を配置し直した。もともと置いてあった家具が入るスペースは限られてしまった。

    私の実家では、両親が生活するスペースよりも物が占めるスペースの方が多かったのだ。介護が始まって、やっとそのことに気づき、物から生活スペースを取り戻すことができたのだ。

    物には有形物と無形物がある

    介護経験を経て、実家で最初に取り組んだのが、生活スペースを取り戻すことだった。壁際にある不要な物を取り除くと広いスペースができた。かつての居間は多目的スペースになっている。

    物には有形物と無形物があり、介護中に両親が抵抗を感じていたのは、有形物ではなく無形物が失われることへの不安だったことに気が付いた。

    つまり、両親にとっての家具は、生活の証であり思い出だったのだ。施設に入るのを拒んでいたのも、普段と違う環境というだけでなく、生活感もなければ日常感も薄れるのが不安だったのだ。

    体が動くうちは寝たきりにならないように、両親をベッドから介護用の椅子に座らせ、一緒にテレビを見たり、お茶を飲んだり、他愛のない話ができるようにした。

    そのためか、物が減ったことには気づいていたものの、手元に置くことへの執着は少なかった。夏になれば、エアコンではなく扇風機を使い、冬には着ることのないコートを壁にかけて季節感を出した。

    私も両親が物がなくなることにこだわっているのだと思っていたが、それは有形物しか考えていなかったからだった。季節感や思い出、いつもの日常という無形物がなくならないように私なりに手を尽くした。

    人生後半戦は整理整頓だけじゃない

    「人生後半戦には、家財整理や日常生活で物を減らし身軽になるよう」に勧める媒体を見たり聞いたりしては、自分もそうしなければと思う人も多いかもしれない。

    私もシンプルな暮らしのほうが好きなので、人生後半戦になる前から心がけてきた。ただ、介護を通して、シンプルな暮らしとは物や人との関係性を少なくすることだけではなく、少なくすることで濃密な暮らしができることがわかってきた。

    有形物、無形物にかかわらず、物が増えれば喜びや快適さが増えたり、大きくなる。しかし、それは永くは続かず、いずれ喜びや快適さが当たり前になってしまう。

    このように考えると、物を少なくするためには、喜びや快適さを感じないという事実を受け止めることが先になる。それから、少なくする方法を考えるのが自分に対しても物に対しても正直に向き合うことになる。

    少なくする方法には、捨てるだけではなく、誰かにあげる、売るなどいろいろな方法が考えられる。そして新たに増やすものは、本当に喜びと快適さを得られる物に絞り込むという選択が重要になる。

    人生後半戦に役立つ経験は、なにも仕事や生活のスキルが高くなることではなく、上記のような「選択力」を身に付け、発揮し、他の人と共有することだと思う。

    物へのこだわりは必要はない

    人生後半戦には物にこだわらずに、自分の考えにこだわることが大切なのだ。自分の考えと合わなくなった物は、潔く少なくすることを考えるべきだろう。また、持ち続ける物は、物へのこだわりではなく、自分の考えへのこだわりがあるはずだ。

    物と同じように時間にも同じことが言える。ただし、人との関係は相手の理解も必要なので、また違った視点が必要になる。このことはコミュニケーションの記事で改めて取りあげる。

    職住隣接物語