テクノロジーが変革する新たな時代の「職」と「住」の関係性
テクノロジーの進化が「職」と「住」の関係を変え、人生後半戦の働き方と暮らし方に新たな可能性をもたらすことについてお話しします。
個人の多様性と社会との調和
「職」と「住」を考えるうえで、2つの事柄を認識する必要がある。1つは、仕事観と生活観が個人によって異なること。もう1つは、このような個人の違いを合理的に調整しようとする社会の力が働いていることだ。
この個人の多様性と社会の統一性のバランスが、現代の「職」と「住」の関係に大きく影響を与えている。この影響を理解するために、「職」と「住」に関わる情報通信ツールの変遷を振り返ってみよう。
情報技術の進化が変えた仕事と生活
日本でテレビが初めて放送されたのは1953年、本格的普及を果たしたのが1964年の東京オリンピックの放送だった。1970年代後半にビデオが発売され、普及したのは1980年代のレンタルが始まってからだ。
個人用のパソコンは1970年代後半に発売されたが、現在のようなパソコンが普及したのは1998年のWindows98が登場してからだ。テレビのようなモニターを接続するタイプだった。
液晶ディスプレイが普及し、パソコンもノート型になり、携帯電話とパソコンがビジネスツールとして普及した。個人がパソコンを持つようになったのはインターネット網が広がった2000年代だった。
そして現代では、パソコンの利用人口よりもスマホ利用人口がはるかに多くなっている。このように情報を手元で早く入手するツールは時代とともに変わってきた。
このように情報ツールの進化は、仕事と生活の両面に大きな変化をもたらしてきた。この変化は、個人の仕事観や生活観、そして組織のあり方にも大きな影響を与えている。
変わりゆく生活様式と働き方
テクノロジーの進化は、現役世代と退職後の世代で異なる影響を与えている。
現役世代にとっては時間的制約を解消するビジネスツールとしての活用が中心となり、時間的制約が増す一方で、退職後の世代では生活をより便利にするツールとして捉えられている。
このような世代間の認識の違いは、人生100年時代を迎え、人生後半戦における「職」と「住」の関係性の見直しにも影響を与えている。
人口が増加し、世帯数が増加する時代には、新しい技術はビジネスから始まり、一部の個人が利用し、そして世帯全体が利用するという流れが主流だった。
現在では、人口が減少する一方で世帯数は増加し続け、大家族から核家族、そして一人暮らし(独居)が増えている。さらに、一人で複数の職場や住居を移動するというライフスタイルも登場している。
「職」と「住」の新たな関係
このような変化の中で、職場と住居が固定した時代に作られた制度やルールが、現代のライフスタイルに合わなくなっている場合もある。特に職場は、協力して働く場ではあるが、必ずしも同じ場所で働く必要がなくなってきている。
協業に必要なコミュニケーションも変化している。対面で口頭のコミュニケーションから、非対面で音声や資料の共有をデジタルで行うことが可能になった。さらに、非同期、すなわち時間差でのコミュニケーションも一般的になりつつある。
これらの例はほんの一部に過ぎない。例えば、クラウドサービスによる情報共有、AIを活用した業務効率化、VR/ARによる遠隔作業支援など、テクノロジーの進化は職場のあり方を大きく変えている。
生活面でも大きな変化が起きている。オンラインショッピングの自動レコメンド、スマート家電による電力消費の最適化、スマートスピーカーによる家電制御など、あらゆる場面でテクノロジーの活用が進んでいる。
仕事と生活に限らず、あらゆる分野で新しい技術が少しずつ浸透し、普及し、一般化しているのだ。この変化は、個人の仕事観や生活観、そして組織のあり方にも大きな影響を与えている。
組織と個人の揺れ動く関係性
時代は変化しているという現実を理解したうえで、もう1つの考え方も存在する。それは「職場は組織の一部」という伝統的な見方だ。この考えに基づけば、組織に属している者は、組織の一部として職場で働くべきだということになる。
しかし、この考え方を「時代に合っていない」「隷属化を求めている」と批判する意見もある。実際、組織と個人という二項対立的な考え方自体が時代にそぐわなくなってきている。労働組合は減少し、組合加入者を表す「推定組織率」は16.3%と、2023年の調査で過去最低を記録している。
これと並行して、政府主導で兼業と副業が認められるようになってきた。つまり、組織が個人を職場に縛り付けることが難しくなっているのだ。権威だけでは組織は維持できなくなっている現実がある。
さらに、人口減少に伴うライフスタイルの変化も見逃せない。少子化、女性の就業者数の増加、高齢化による非就業者数の増加、子育てと介護のダブルケアなど、現役世代の自由になる時間は減少の一途をたどっている。
職場と住居の往復移動時間は平均79分、首都圏では平均95分である。この時間を減らすことで自由時間は増えることは容易に想像できる。
テクノロジーが拓く人生後半戦の可能性
かつては、高齢化とともに生活圏が狭まるという考えが一般的だった。しかし、テクノロジーの進歩により、この常識も変わりつつある。
オンラインショッピング、ビデオ通話、IoTを活用した遠隔見守りシステムなど、移動せずに多くのことができるようになった。これにより、高齢期の孤独問題にも新たな解決策が生まれている。
現場作業や対面サービスなど、物理的接触が必要な仕事では従来通り職場が重要である。ただし、自動運転車や遠隔操作ドローンの実用化で、これらの仕事も変化する可能性もある。
人生後半戦は、これまでの不便さを解消し、新しい可能性を探る好機となっている。過去の慣習にとらわれず、未来を見据えて職と住の関係を柔軟に考え直すことが、より豊かな人生につながるだろう。